安倍元首相の問題意識 「9条の限界」を突き詰めた安保法制
安倍元首相の問題意識 「9条の限界」を突き詰めた安保法制
北側一雄・公明党副代表
ロシアのウクライナ侵攻や、北朝鮮による度重なるミサイル発射実験、中国による台湾周辺での大規模な軍事演習などを目の当たりにした今、安全保障法制の整備をしておいてよかったと実感している。
安倍晋三元首相は日本の安全保障環境が厳しさを増すなか、国民の平和な暮らしを守るためにどうすればよいか、国際社会でさまざまな紛争が起こる中で日本がもう少し役割を果たさなければならないのではないか、という問題意識を持っていた。我々公明党も十分共有できる認識だった。
元首相の私的懇談会「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」は2014年5月15日、集団的自衛権の全面的な行使と国連の集団安全保障への参加を容認する最終報告書をまとめた。しかし安倍氏は記者会見で、最終報告書のこの部分については「採用しない」と表明し、従来の9条の解釈を維持した上で自衛の措置がどこまで可能かの検討を与党協議に委ねた。
与党協議は自民党副総裁だった高村正彦氏と私の二人が中心となり、安保法制懇の最終報告書が出される数カ月前から始めた。公明の立場は、従来の政府の9条解釈の根幹を変えてはならないというもので、そのことは安倍氏に伝わっていたし、また安倍氏が最終報告書の根幹部分の不採用を表明することも事前に伝えられていた。
14年5月の記者会見から同年7月1日の閣議決定までの2カ月弱の与党協議は、安倍氏の認識を踏まえたうえで、9条の下で可能な自衛の措置の限界を突き詰める作業だった。
現行憲法の制定時には隣国からミサイルが飛んでくるなどという想定はなかった。日本一国で国民の安全を守ることは不可能だ。日米同盟を強化するしかない。日本を防衛する米軍に攻撃があった場合に、日本が排除できるのに排除しなかったら日米同盟は崩壊する。排除しない選択肢はないし、そのことを9条が否定しているとは読めない。
しかし日本を防衛している米軍への攻撃を排除することは、国際法上は個別的自衛権ではなく、集団的自衛権の一部とみなされる。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利は最大の尊重を必要とするとした憲法13条も踏まえ、従来の政府解釈の論理からも矛盾しない形で自衛の措置の新3要件を与党協議で決めた。
当時から、日本の外交安保政策を左右する歴史的なことだと認識していた。その時の記録は可能な限り残している。
安倍氏とは一緒に仕事をする機会が多かった。私が政調会長時代の小泉政権では有事関連法制等の制定も行った。私が国土交通相の時には安倍氏は官房長官で、よく相談もしたし、助力もしてもらった。
今も安倍氏がお元気であれば、次は憲法改正だったのだろうと思う。安倍氏は安保政策だけでなく、さまざまな事柄に関する自民党内の強硬意見を最終的にはまとめてきたし、それができる人だった。自公連立政権の下でゴールを判断し、自党を収めることができる現実主義者だった。
【北側一雄プロフィル】
公明党副代表
1953年生まれ。弁護士。90年衆院初当選。国土交通相、党幹事長などを歴任。党憲法調査会長、中央幹事会会長。衆院当選10回、衆院大阪16区。